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2021年1月1日 中建日報 年賀特集「市町管理橋梁の適正な維持管理に向けて」

年賀特集「市町管理橋梁の適正な維持管理に向けて」

2021年1月1日 中建日報 年賀特集「市町管理橋梁の適正な維持管理に向けて」 | 福徳技研株式会社
 2014年度から義務化された5年に一度の橋梁の定期点検においては、市町などの自治体を中心に橋梁点検に携わる技術者不足が深刻な問題となっている。このため、広島県土木協会では、各道路管理者やコンクリート補修の関連団体及び企業などからの支援を受け、基礎自治体の職員を対象とした研修会を約7年前から展開。特に近年では、「小規模橋梁の簡易点検要領(案)」の作成を手掛けた元広島工業大学教授の十河茂幸氏が積極的に参画し、より参加者にわかりやすく、実務に沿った内容へと充実を図っている。
 そこで、本企画では、「市町管理橋梁の適正な維持管理に向けて」と題し、広島県土木協会技術部の甲斐英樹研修主幹と十河氏に取組みの趣旨やこれまでの開催状況、今後の展開等について語ってもらった。

-活動の背景・経緯について
 甲斐 そもそも、道路施設に対する維持管理の転換点となったのは、2012年12月に起きた笹子トンネルの天井板落下事故。インフラの崩壊が身近でも起こりうるということで維持管理への機運が高まり、5年に一度の定期点検のきっかけになった。しかし、県など大規模な自治体であれば技術職もたくさんいて、点検にも容易に対応できるが、一部の市町では事務職で採用された職員が異動で技術部門に配属されるのが現状である。職員で点検できない箇所は予算を付けて発注するが、限られた予算の中では無理が出てくる。そのため、職員に少しでも点検できるような知識を習得できる仕組みを作ろうということで始めたのがこの研修活動だ。

-市町の現状をもう少し詳しく教えて下さい
 甲斐 土木を専攻する学生が減る中、学生は国・県など大きな自治体を選択する傾向が見られ、小規模な自治体で内定を得ていた学生が大きな自治体を選択した結果、小規模な自治体には欠員が生じている。このような現状を踏まえ、特に役場では以前より一般事務職として職員を雇用し、土木部署に配属したのち、一定期間職務を担う仕組みが定着しているが、この仕組みでは一定期間が経過すると他部署に異動することが多いため、数年ごとに職場内の技術力が低下し、技術力が担保できない。加えて、最近では新たな問題として、苦労して育てた職員が大きな自治体に移籍するケースもあり、特に小規模な自治体では技術力が育ち難い苦難の時期を迎えている。

-研修会の開始時期と実績は
 甲斐 本格的に始めたのは2013年から。研修活動には、県内全域の基礎自治体の職員を対象とする「全体研修」、われわれが基礎自治体に出向いて開催する「出張研修」、西部・中部・東部・北部の各ブロックで開催する「ブロック研修」があり、「全体研修」はこれまでトータル5回で延べ165名、「出張研修」は10市町で258名、「ブロック研修」は4回で延べ139名の方々に受講をいただいている。近年は西日本豪雨災害(18年)やコロナ禍の影響で頻度が下がってしまっているが、平均して年に5~6回程度開催している。
 
 十河 私が協力させていただくようになったのも、全体研修会の「コンクリート構造物講座」(13年)で講師を務めさせていただいたことがきっかけだ。当時は広島工業大学で教授を務めており、維持管理の研究を行う中で呉市の大崎下島で学生たちとともに簡易な橋梁点検に取り組んだ経験があった。ハンマーで剥落部分を叩いたりして、外観目視と打音だけの点検より一歩進んだ予防的な点検を簡単にできないかと始めたことだが、それを市町の職員さんを対象に落とし込んだものが現在の「小規模橋梁の簡易点検要領(案)」のベースにもなっている。その後、甲斐さんの熱意もあって東広島市や安芸高田市での全体研修では、座学だけでなく実地研修のお手伝いもするようになった。

-主な研修会の内容は
 甲斐 受講者に知識がないことが前提となるので、コンクリートが何たるものかの基礎から、劣化の原因、症状の見極め方まで座学で学んでもらい、現場で実際に症状を確認しながら実地研修を受けていただく。複数の現場を回るので丸1日かかるが、十河さんや関連団体の皆さんにもご協力をいただき、事前に教材となりやすい複数の橋梁をピックアップしていただいている。受講者からはかなり好評で、「継続的に開催してほしい」との意見を多くいただいている。

 十河 もちろん、劣化のメカニズムや点検・診断・補修のやり方など、全て理解してもらうのは難しいが、できるだけ懇切丁寧な説明を心掛けている。甲斐さんも言われるように、知識がないという意味では学生と同じようなもの。こちらも回数を重ねるごとにより説明しやすく、理解しやすいように内容をグレードアップさせているつもりだ。

-開催する上での苦労などはありますか
 十河 座学については私が作成した「小規模橋梁の簡易点検要領(案)」に沿って行うが、現場実習を行うには対象の自治体に橋梁をピックアップしてもらい、さらにそれらの橋梁を実際に見に行って実習に効果的な橋梁を選んでいる。実のある研修にするには、かなりの下準備が必要だ。

 甲斐 研修の開催にもコロナ禍による影響を受けた。現場を体験するとなると密を避けられないので、十河さんや有志の関連団体の方々に安芸高田市内の現場で事前に橋梁点検の様子をビデオ撮影していただき、広島市内の座学会場で講義するという形式をとった。
その後、11月末に感染状況のステージがⅠからⅡに引き上げられ、当会の開催条件により昨年12月に開催を予定していた全体研修も1月末に延期することとなったが、十河さんをはじめ、ご協力いただいているコンクリートメンテナンス協会や広島県コンクリート診断士会、太平洋マテリアルなどの方々には深く感謝を申し上げたい。

-今後の活動予定について
 甲斐 広島市が管理する橋梁を除いた数字となるが、当協会が運用するアセットマネジメントシステムに登録されている市町が管理する橋梁数(農道橋、林道橋、管理道橋を除く)は1万4460橋。5年に一度の定期点検のデータに加え、全体研修などを通じて呉市、東広島市、安芸高田市については精度の高いデータが採れたので、残り20市町についてもデータを収集することが当面の目標。十河さんにもあと20回くらいは付き合っていただかなくては(笑)。
 
 十河 体力の続く限り頑張ります(笑)。また、特に小規模な自治体に言えることだが、橋梁点検の大半をコンサルに委託して結果を受け取っており、コンサルも全ての人がコンクリート診断士等の資格を持っている訳ではないので、必ずしも正しい判断がされない。さらにほとんどの市町にはチェックを適正に行える技術者がいないことが深刻な問題だ。やはり市町の担当者でもある程度の知識を持つことは絶対に必要なので、経験がなくても理解できるよう、研修会の内容もさらに噛み砕いたものにしていかないといけないだろう。

 甲斐 小規模な自治体は予算的にも厳しい。少しでもシンプルに点検・補修を行える仕組みづくりは急務だ。

-技術力を担保するため、技術職の異動を控えるなどの動きはないのですか
 甲斐 今のところは見て取れない。2~3年で異動になるのが一般的で、例えば5年に延ばせば技術もノウハウも蓄積できるように思えるが、人数を増やさない限り断片的な管理になることは変わらない。それよりも多くの職員に基礎的な知識を身に付けてもらうことに重点を置いている。
 
 十河 制度自体を変更しないと難しいだろう。職員の不足が根底にあるので、動かさないことを考えるよりも国や県が小規模な自治体の維持管理をサポートする仕組みづくりの確立が重要だ。国も支援に乗り出してはいるが、国と市町では持っている橋梁の規模があまりにも違うため、市町の悩みと感覚的なズレが生じているように思える。

-最後に、今後の活動への思いは
 十河 永くゼネコン土木研究所で主に新設構造物に関わってきたが、一方で長寿命化を目標としながらも劣化した構造物を生み出した経験もあり、関与したもので劣化の可能性がある構造物はいまだに気になって様子を見に行く。その後、大学で維持管理を中心に活動したことで、退職後は静かに老後を楽しむ道もあったが、これまでの経験を生かせればという思いで現在の活動に至っている。正直言ってあまり利益にはならないが、少しでも伝われば嬉しいし、研修等で「参考になった」と言ってもらえるとモチベーションも上がる。また、これらの活動は仲間の応援がないとできない。ご協力いただいている皆様には非常に感謝しており、今後もできる限りお役に立ちたい。

 甲斐 小規模橋梁の点検は似たような症例も多い。まずはそのような橋だけでも職員が点検できるようにすればかなりコストを下げられるし、経験を積むことでコンサルの成果品を高い知識でチェックできるようになる。そうすることでコンサルの点検技術・精度も上がり、先ほど先生がおっしゃられたとおり、点検頻度も5年に一度より減らせる可能性もある。また、これは希望の域を出ないが、点検時と補修工事時の劣化部を写真で比較し、補修工法の選定なども含めて知識ではなく目で見て判断できるマニュアルが確立されたり、小規模橋梁について、橋梁点検と補修設計を一本化した標準設計シートのようなものが作成され、これらによる工事の発注が可能となれば、多くの自治体の助けになると思う。これらは国・県のご協力がなくてはできないし、何よりこうした仕組みが補助金の対象として認めて頂かなければならない。いずれにしても、ご教授をいただきながら少しでも多くの橋梁が健全に点検・補修できる仕組みができることを願いたい。

 十河 ええ。市町管理橋梁の適正な点検・補修に向け、連携を深めていければ。