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PRESS RELEASEプレス情報

リチウム内部圧入によるアルカリシリカ反応の抑制について

江良和徳*
* えら かずのり/極東興和(株)事業本部 事業推進部 補修課(正会員)
コンクリート工学 2012/02月号


概要

本稿では, ASR補修工法のうちリチウムイオン内部圧入工に着目し,まずASR劣化が顕在化したコンクリート供試体に亜硝酸リチウムを内部圧入することにより以後のASR膨張が抑制されることを明らかにした。次いで,亜硝酸リチウムを内部圧入したコンクリート供試体を切断して呈色反応試験を行うことにより,内部圧入工によるコンクリート中のリチウムイオンの浸透状況を確認した。さらに,亜硝酸リチウムを内部圧入した供試体からアルカリシリカゲル(以下,ゲルと称す)試料を採取し,ゲル中のリチウムイオン分布の画像マッピングを行うことにより,内部圧入工により浸透させたリチウムイオンがゲル中に到達していることを明らかにした。
キーワード:ASR,リチウムイオン,内部圧入,EPMA,TOF-SIMS

Controlling ASR Expansion by Lithium Ion Pressurized Injection Method
By K. Era
Concrete Jour .nla Vo.150. No.2. pp.l55~ 162. Feb.2012

Synopsis
Recently,lithium ion pressurized injection method has been spotlighted as the repair method of concrete structure which deteriorated by ASR. In this study,the effect of lithium ion on ASR expansion was investigated. The elemental analysis of the ASR gel sample to which lithium ion had been supplied as also performed by using SEM,EPMA and TOF-SIMS. The change of the physical form of the ASR gel due to the supply of lithium ion was not found by SEM observation. However,the elemental analysis by TOF-SIMS enable to obtain the element mapping of the lithium ion in ASR gel. Furthermore,the elemental analysis by EPMA and TOF-SIMS demonstrated that lithium ion by the pressurized injection method has extended to the ASR gel.
Keywords: ,ARS lithium ion,p ressurized injection,E P ,AM TOF-SIMS

1. はじめに

 我が国において,アルカリシリカ反応(以下,ASRと称す)によって劣化したコンクリート構造物の補修対策は従来,劣化因子のひとつである水に着目し,表面保護工に代表されるような外部からの水分遮断を目的とした工法が施されることが多かった。しかし水分の浸入を完全に遮断することは困難であることが多く,環境条件によっては経時とともに著しい再劣化が生じる構造物も現れた。そのような中,近年ではASRにより劣化したコンクリート構造物の補修工法としてリチウムイオンを使用する手法が注目されてきている1)。 リチウムイオンによるASR抑制メカニズムとして,アルカリシリカゲル中のNa+と添加されたLi+とのイオン交換によるゲルの非膨張化2)をはじめとして諸説提案されているものの,リチウムイオンを一定量以上の割合で添加したコンクリートはASR膨張を生じないことが国内外の多くの研究成果として報告されている3)。国内で使用されるリチウム化合物としては亜硝酸リチウムの実績が最も多い。
 亜硝酸リチウムを用いたASR補修工法として,塗布工法,ひび割れ注入工法および内部圧入工法の3種類が提案されている。塗布工法は,亜硝酸リチウムをコンクリート表面に塗布含浸させることによってリチウムイオンをコンクリート表層部に供給しASR膨張の抑制を図る工法である。ひび割れ注入工法は,自動低圧注入器を使用してひび割れから亜硝酸リチウムを先行注入した後,無機系ひび割れ注入材を注入する工法で,ひび割れを閉塞するとともにリチウムイオンをひび割れ周辺のコンクリートに供給する工法である。ただし,これらの工法では,リチウムイオンの供給範囲はコンクリート表層部およびひび割れ周辺部に限定されるという問題が指摘されており4),コンクリート内部にまでリチウムイオンを供給可能な工法として内部圧入工法が提案されるに至った5)
 リチウムイオンによるASR抑制効果に関する既往の研究は,コンクリート練混ぜの段階でリチウム化合物を事前混入した実験的研究であることが多いため,硬化したコンクリートにリチウム化合物を内部圧入するための詳細な検討が必要である。また,一般的な元素分析手法であるEPMA(EDS) ではリチウムイオンを分析不能であることも一因となりコンクリート中のリチウムの浸透やアルカリシリカゲルとリチウムとの作用に関する検討も十分になされていない。
 そこで本稿では,亜硝酸リチウムを用いたASR補修技術のうちリチウム内部圧入に着目し,まずASR劣化供試体にリチウム内部圧入を施工し, ASR膨張抑制効果を確認した。次いで内部圧入を施したコンクリート中のリチウムイオンの浸透状況およびリチウムイオンが供給されたアルカリシリカゲルの状況を確認した。

2. リチウム内部圧入工法の概要

 まず,本稿で着目するリチウム内部圧入の概要について触れる。リチウム内部圧入工法はASR劣化したコンクリート躯体に小径の削孔を行い,そこから亜硝酸リチウム水溶液を内部圧入してコンクリート内部に浸透させるASR補修工法である。内部圧入によりコンクリート内部の広範囲にリチウムイオンを供給し,ASRゲルを非膨張化することによって以後のASR膨張の抑制を図る。 削孔径はΦ20mm程度,削孔間隔は500~1OOOmmとし削孔深さや部材寸法に応じて選択される。注入圧力は対象構造物の劣化程度に応じて設定され,一般的にO.5~1.5MPaの範囲とされることが多い。内部圧入する亜硝酸リチウムの量は対象構造物のアルカリ含有量に応じて構造物ごとに設定されその量はLi/Naモル比で表現される。
 リチウム内部圧入の概要図を図-1に,施工状況を写真-1に示す。

3. リチウム内部圧入によるASR膨張抑制効果

3. 1 目的

 リチウム化合物によるASR抑制効果に関する研究は国内外で多くなされているが,その多くがコンクリート練混ぜの段階でリチウム化合物を事前混入した実験的研究であることが多く,硬化したコンクリート内部にリチウム化合物を効率的に供給する手段およびそのASR抑制効果に関する検討が十分になされているとはいえない。そこで,反応性骨材を用いたASRコンクリート供試体に,亜硝酸リチウムをコンクリート練混ぜ段階で“事前混入"した場合と,硬化後にASR劣化が顕在化したコンクリートに“内部圧入"した場合の2種類の供給方法を設定し, 亜硝酸リチウムの供給方法の相違がASR膨張抑制効果に与える影響について検討した。

3.2 ASRコンクリー卜供試体の作製

 実験に用いた供試体コンクリートの配合を表-1に示す。反応性骨材として,粗骨材,細骨材ともに北海道産の輝石安山岩を使用した。この骨材は,JIS A 1145化学法により無害でないと判定されたものであり,反応性のシリカ鉱物としてトリデイマイトとクリストバライトを含む。供試体はΦ100mmxH200mmの円柱とし,膨張量測定のためにコンクリート側面の高さ方向にコンタクトチップを100mm間隔で設置した。添加するリチウム化合物は亜硝酸リチウム40%水溶液とし,表-2に示すとおり事前混入および内部圧入の2種類を設定した。事前混入のケースではコンクリート練混ぜ時においてLi/Naモル比O.4,O.8,1.2の3水準に相当する亜硝酸リチウムを添加した。内部圧入のケースでは,供試体のASR膨張量が1500μを超えた時点を目安として,Li/Naモル比0.4,0.6,0.8の3水準に相当する亜硝酸リチウムを内部圧入した。
 供試体を打設して28日間の水中養生を行った後,ASR膨張促進環境として温度40℃,湿度95%以上の高温高湿室に供試体を静置した。供試体の膨張促進期間中, 1週間ごとに膨張ひずみを計測するとともに外観変状観察を行った。内部圧入工は,供試体上面から直径lOmm,深さ150mmの圧入孔をダイヤモンドコアドリルにて削孔し,そこから亜硝酸リチウム40%水溶液を油圧式加圧注入装置にて0.5MPaの圧力で内部圧入した。実際の圧入量は, Li/Naモル比0.4,0.6,0.8のケースに対してそれぞれ17.6,26.4,35.2mlとなった。このとき内部圧入に要した時間は圧入量によって異なり,概ね50~70時間となった。

3.3 硝酸リチウムを内部圧入したコンクリートの膨張挙動

 亜硝酸リチウムを事前混入した場合と内部圧入した場合における促進期間と膨張量との関係を図-2に示す。
亜硝酸リチウムを内部圧入した供試体の膨張傾向は,Li/Naモル比0.4,0.6,0.8のいずれの場合においても圧入時点を境に横ばいとなっておりASR膨張の抑制効果が現れている。圧入後の膨張の推移を詳細に見ると,モル比0.4のケースでは内部圧入時点を境に膨張傾向の傾きは大幅に小さくなっているものの,膨張量は依然として微増傾向にある。それに対し,モル比0.6および0.8のケースでは,局所的に見れば内部圧入直後に若干の膨張傾向や収縮傾向が現れているものの,内部圧入時の膨張量と圧入完了から123日後における膨張量はほぼ同等であり,内部圧入工以後の膨張は進行していないことがわかる。
 亜硝酸リチウムを事前混入した場合, Li/Naモル比で0.4となる量でASR膨張を十分抑制していることがわかる。それに対し亜硝酸リチウムを内部圧入した場合,Li/Naモル比0.4となる量では圧入後の膨張量は依然として微増傾向を示し,モル比0.6以上でASR膨張を十分抑制できる結果となった。このことから,反応性骨材,アルカリ量,促進環境が同一条件のコンクリートであっても,亜硝酸リチウムの供給方法を事前混入とするか内部圧入とするかによってASR膨張を抑制するための必要量が異なることがわかる。
 リチウムイオンのASR抑制メカニズムをNa+とLi+とのイオン交換によるゲルの化学組成変化によるものと仮定すると,亜硝酸リチウムを事前混入した場合,リチウムイオン存在下のコンクリート中で骨材周囲にアルカリシリカゲルが生成しそれが吸水膨張する前にリチウムと反応して非膨張性ゲルへと変質したと推察される。それに対し亜硝酸リチウムを内部圧入した場合では,コンクリート中で生成したアルカリシリカゲルが十分に吸水膨張し,コンクリートに膨張を生じさせた段階でリチウムイオンを供給することとなる。このためリチウムの作用対象となるアルカリシリカゲルの生成量,比表面積も大きく,事前混入の場合よりも多くのリチウムイオン量が必要となると推察される。また,事前混入ではリチウムイオンを満遍なくコンクリート中に分布させることができるのに対し,内部圧入ではコンクリート全体へのリチウムイオンの均一な浸透が容易でなく,供給効率が劣ることも必要リチウム量を増大させている要因となっていると考えられる。

図-2 事前混入および内部圧入における膨張量の推移

図-2 事前混入および内部圧入における膨張量の推移

4. 内部圧入によるコンクリート中のリチウムイオンの浸透

4.1 目的

コンクリート内部に圧入されたリチウムイオンの浸透状況,分布状況は対象コンクリート内部の微細構造や劣化程度などによって影響を受けると考えられ,浸透状況に過度の偏りが生じた場合には十分なASR抑制効果を発揮できないものと考えられる。ところが,リチウム内部圧入を実施した後のコンクリート内部においてリチウムイオンがどのように分布しているのかを検証した事例は少ない。
 そこで,亜硝酸リチウムを内部圧入したコンクリートにおけるリチウムイオンの浸透状況を明らかにするために供試体実験を行った。

4.2 実験方法

 実験に用いた供試体は1000mm×1000mm×2000mmのASR大型供試体とし,供試体コンクリート打設後,511日間にわたり屋外暴露してASRを進行させた。内部圧入工は供試体の膨張率が3000μに達した時点で実施し直径20mm,深さ800mmの圧入孔を図-3に示す①~③の箇所に500mm間隔で削孔し,そこから亜硝酸リチウム40%水溶液をO.6~0. 8MPaの圧力にて内部圧入した。ただし浸透状況の違いを見ることを目的として,図-3中の「×」位置は意図的に圧入を行っていない。亜硝酸リチウムの圧入量は実際の施工仕様として一般的なLi/Naモル比1.0となる量とした。
 内部圧入工を施工した後,供試体コンクリート内部を露出させるためにワイヤーソーを用いて図-3に示す2断面にて供試体を切断した。切断面(1)は圧入孔①,⑤の深さ方向に沿った断面で,長さ800mmの圧入孔全長を露出させるとともにその上下方向への浸透状況の確認を目的としている。切断面(2) は全圧入孔を垂直に切断する断面で,各圧入孔から全周方向への浸透状況の確認を目的としている。ワイヤーソーにより供試体を切断し切断面を洗浄した後,露出面に呈色反応試薬TDI(トリレン・ジ・イソシアナート)を噴霧した。この試薬は無色透明の液体で,亜硝酸リチウムのうちの亜硝酸イオンと反応して茶褐色に変色する性質を持つため,切断面に試薬を噴霧して茶褐色に変色した範囲を亜硝酸イオンの浸透範囲と見なすことができる。

図-3 供試体切断位置

図-3 供試体切断位置

4.3 リチウムイオンの浸透状況の確認

 供試体切断面(1) および(2) に対して呈色反応試薬を噴霧したところ,図-4および図-5に示すような茶褐色の呈色反応が見られた。呈色の度合いを茶褐色の濃さに応じて「反応大」,「反応中」,「反応小」および「反応なし」の4段階に区分した。
 図-4に示した切断面(1)の呈色状況を見ると,圧入孔に近い範囲が最も濃く圧入孔から離れるに従って薄くなっている。切断面(1)における濃淡の面積割合は,反応大が53%,反応中が25% 反応小が18%,反応なしが4%であった。

図-4 切断面(1)の亜硝酸リチウム呈色反応状況(圧入孔に沿った断面)

図-4 切断面(1)の亜硝酸リチウム呈色反応状況(圧入孔に沿った断面)

 図-5に示した切断面(2) の呈色状況を見ると,同様に圧入孔に近い範囲が最も濃く圧入孔から離れるに従って薄くなっている。切断面(2) における濃淡の面積割合は,反応大が52%, 反応中が28%,反応小が18%,反応なしが2%であった。ただしこの割合は,意図的に内部圧入していない範囲も含んだ数値である。

図-5 切断面(2) のE硝酸リチウム呈色反応状況(圧入孔に垂直な断面)

図-5 切断面(2) のE硝酸リチウム呈色反応状況(圧入孔に垂直な断面)

 呈色反応の濃淡とリチウムイオン含有量との関係を把握するために,反応大反応中,反応小の位置からコアを採取しそれぞれを粉砕して作製した各粉末試料中に含まれるリチウムイオン量をICPプラズマ発光分光分析法により定量分析した。分析結果を表-3に示す。

表-3 呈色反応の濃淡とリチウムイオン含有量との関係

表-3 呈色反応の濃淡とリチウムイオン含有量との関係

 表-3より,茶褐色の呈色反応の濃淡とそこに含まれるリチウムイオン量との聞には相関関係があり,濃度が濃い箇所ほどリチウムイオンの含有量が多いことがわかる。このことから図-4および図-5の呈色状況の濃淡はリチウムイオン含有量の大小を示すものであり,圧入孔近傍のコンクリートはリチウムイオン含有量が多く,圧入孔から離れるに従ってリチウムイオン含有量が少なくなることがわかる。これは圧入孔から内部圧入された亜硝酸リチウムがコンクリート内部へと浸透していく様子を表すものと考えられる。また分析に用いた試料中の範囲内では試薬による呈色反応が最も薄かった「反応小Jの位置であっても実際に圧入したリチウムイオン量の理論値に相当するリチウムイオン分析値が得られている。このことからTDIによる呈色反応試験においては,反応大,反応中に区分されるような呈色の濃い範囲だけでなく,反応小程度の薄い呈色状況であっても,ASRを抑制するために必要なリチウムイオン量が存在する可能性が示された。ただしリチウムイオン含有量分析結果の数値そのものは試料を採取する場所によって大きくばらつくことが想定されるため,試料採取位置ごとに異なる値を示すものと考えられる。呈色反応の濃淡はあくまでリチウムイオン含有量の大小を相対的に示す指標として捉えておく必要がある。
 ASRで劣化したコンクリート中の亜硝酸リチウムの浸透経路として最も支配的なのはコンクリート内部に発生している微細なひび割れ内を通じた浸透であると考えられる。写真-2に,コンクリート内部の微細なひび割れ近傍の呈色反応状況を示す。この写真に表れている
とおり,ひび、割れに沿って呈色の濃い部分が見られ,亜硝酸リチウムがひび割れを通じて優先的に移動したことが推察される。ただしひび割れに沿った濃い部分だけでなくその周囲にも満遍なく呈色反応が表れていることから,コンクリート中の亜硝酸リチウムの移動はコンクリート内部のひび割れに沿って優先的に行われるものの,その後はコンクリートマトリックス中への圧力勾配や濃度勾配による浸透も行われていると考えられる。

写真-2 ひび割れ近傍の呈色反応状況

写真-2 ひび割れ近傍の呈色反応状況

5. 内部圧入によりリチウムイオンを供給されたアルカリシリカゲル

5.1 目的

 内部圧入工によりコンクリート中にリチウムイオンが浸透している状況を前節にて示した。しかしリチウムイオンによるASR抑制メカニズムを論ずる上では,コンクリート中を浸透したリチウムイオンがアルカリシリカゲル(以下,ゲルと称す)に到達した後,そこで生じる作用に関する考察が不可欠となる。しかしゲル中のリチウムイオンの分布についての研究は少なく,ゲル中のNa+とLi+とのイオン交換に関する定量的な考察が十分になされていないのが現状である。そこで,ASRにより1500μ程度膨張した供試体にリチウムイオン内部圧入工を実施し内部圧入工によりリチウムイオンを供給されたゲル試料をASR供試体より採取し,ゲル中のリチウムイオン分布の画像マッピングを試みた。

5.2 実験方法

 実験には,表-2に示した供試体のうちリチウム添加なしの供試体および内部圧入工によりLi/Naモル比0.6となるリチウムイオンを圧入したケースとし,載荷により割裂させた面より分析用試料を採取した。割裂面にはリチウム添加の有無によらず,いずれの供試体にも骨材外縁の反応リングや骨材周囲の白色ゲルが見られた。割裂面の観察を行った後破断面における骨材界面付近に生成しているゲルを走査電子顕微鏡(SEM) にて観察した。その後,リチウムイオンを内部圧入した供試体から薄片研磨試料を採取し,エネルギ一分散型電子線マイクロアナライザー(EPMAwith EDS,以下,EPMAと称す)を用いてゲル中のNa,K,Si,Caの分布状況を定性分析した。EPMAの分解能は一般的にB (ホウ素)からU(ウラン)までであり,Liの分析には適用できない。そこで,超真空下で分析対象にAr(アルゴン)およびGa (ガリウム)のイオンビームを照身すし,そのイオンが対象表面に衝突した際に発生する二次イオンの飛行時間を測定することにより構成元素を検出可能な飛行時間型二次イオン質量分析法(以下TOF-SIMSと称す)を用いてLiの検出を試みた。EPMAおよびTOF-SIMSによるゲル中の元素定性分析結果より,各元素の分布状況のカラーマッピングを行った。また,EPMAおよびTOF-SIMSによる定量分析によりゲルを構成する各元素の化学組成比率を検討した。これらの元素分析は供試体を温度400C,湿度95%以上の促進環境に430日間おいた時点で実施した。これは内部圧入工を実施した242日後に相当する。

5.3 ゲル中のリチウムイオンの分布状況

 リチウムイオンを添加していない供試体の破断面において観察されたゲルのSEM写真を図-6に,リチウムイオンを内部圧入した供試体の破断面において観察されたゲルを図-7に示す。図-6の(a)および(b)は骨材界面付近で観察された非品質のゲルでアルカリ-シリカ型のゲル形状である。また,(c)はセメントペーストに近い部分で観察された表面が結晶化しつつあるゲルで,アルカリ-カルシウム-シリカ型のゲル形状である。これらはいずれも典型的なASRの生成物として知られているゲルの形状である。また,図-7の(a)および(b)に示す骨材界面付近のゲルも非品質でアルカリ-シリカ型であり,(c)のセメントペーストに近い部分のゲルも表面が結晶化しつつあるアルカリ-カルシウム-シリカ型のゲル形状である。これらを比較した限りでは,リチウムイオン添加の有無によるゲルの物理的形態上の変化は認められなかった。

図-6 リチウムイオンを添加していないASRゲル試料のSEM写真

図-6 リチウムイオンを添加していないASRゲル試料のSEM写真

図-7 リチウムイオンを内部圧入したASRゲル試料のSEM写真

図-7 リチウムイオンを内部圧入したASRゲル試料のSEM写真

 リチウムイオンのASR抑制メカニズムを非膨張性ゲル生成によるものと仮定すると,リチウムイオンを供給する前後でゲルに何らかの変化が生じるものと推察される。ゲルのSEM観察の結果,リチウムイオン添加の有無によるゲルの物理的形態上の変化は認められない。それにもかかわらず,図-2に示されたとおりリチウムイオンを内部圧入した供試体の膨張性は明らかに抑制されていることから,リチウムイオンはゲル内または固化する前のゾル内に浸入し,その中のアルカリと置換してゲルの物理的形態ではなく化学組成のみを変化させ,ゲルを非膨張性のものに変化させていると推察される。そこで,リチウムイオンをLi/Naモル比0.6で内部圧入した供試体から採取した薄片研磨試料にてEPMAによる元素マッピングを行い,ゲル中に含まれる元素の定性分析を行った。図-8に元素分析範囲500μmx500μmの領域のSEM像およびEPMAによる同領域内のNa,K,C,Si,Caの元素マッピング像を示す。マッピング像の右のカラーバーは元素の含有率を示しており,上の色ほど含有率が高いことを表している。

図-8 EPMAによるNa,K,C,SiおよびCaの元素マッピング

図-8 EPMAによるNa,K,C,SiおよびCaの元素マッピング

 図-8のSEM像において,点線を境に左下方は細骨材右上方はセメントペーストを示すo 中央部にはセメントペーストと細骨材を貫通するようなひび割れが認められる。Na,KおよびSiのマッピング像に楕円で示した範囲において,これらの元素の含有率が高いことがわかる。ゲルを構成する主な元素がNaやKなどのアルカリ金属とSiであることから細骨材表面とひび割れの両側面にゲルが生成しているものと推察される。
 図-8の各マッピング像と同一領域内におけるLiの分布状況を把握するために,TOF-SIMSによるLiの定性分析を行った。図-9にTOF-SIMSによるLiの元素マッピング像を示す。図-9のうち,実線の楕円で示した部分のLiの分布を見ると,図-8中でNa,K,Siが多く存在しているゲルの位置にLiも同様に存在していることがわかる。このことから,コンクリート中にリチウムイオンを内部圧入することにより,骨材界面付近およびひび割れに生成しているゲル中にリチウムイオンが到達していることが確認できる。また,図-9中の点線の楕円で示した部分のLiの分布を見ると,骨材周辺のセメントペースト中にも多くのリチウムイオンが分布していることがわかる。これらのLiの分布状況から,内部圧入によるリチウムイオンの移動はコンクリート中のひび割れを介した浸透だけでなく連続空隙内の浸透またはコンクリートマトリックス中への圧力勾配や濃度勾配による拡散などによっても行われているものと推察することができる。
図-9 TOF-SIMSによるLiの元素マッピング

図-9 TOF-SIMSによるLiの元素マッピング

6. まとめ

 ASR補修工法のうちリチウムイオン内部圧入工に着目し,まずASR劣化が顕在化したコンクリート供試体に亜硝酸リチウムを内部圧入したときの膨張挙動について検討した。次いで,亜硝酸リチウムを内部圧入したコンクリート中におけるリチウムイオンの浸透状況を確認した。さらに,亜硝酸リチウムを内部圧入した供試体からゲル試料を採取し,ゲル中のリチウムイオン分布の画像マッピングを試みた。これらから得られた結果を以下に示す。

(1)亜硝酸リチウムを事前混入した場合,Li/Naモル比で0.4以上となる量でASR膨張を抑制することができた。それに対し内部圧入した場合ではLi/Naモル比0.6以上でASR膨張を抑制できる結果となった。同一条件のコンクリートであっても,亜硝酸リチウムの供給方法によって,ASR膨張を抑制するための必要量が異なる。
(2)コンクリート中に内部圧入された亜硝酸リチウムの分布状況を呈色反応試験により確認したところ,圧入孔近傍のコンクリートの呈色反応は濃く,圧入孔から離れるほど呈色反応が薄くなっている状況が示された。これは圧入孔から周囲に向かつて亜硝酸リチウムが浸透している状況を示すものと考えられる。
(3)コンクリート内部の微細なひび、割れに沿って,呈色の濃い部分が見られた。また,そのひび割れの周囲にも連続した呈色反応が表れていた。これらより,コンクリート中の亜硝酸リチウムの移動はコンクリート内部のひび、割れに沿って優先的に行われるものの,その後はコンクリートマトリックス中への圧力勾配や濃度勾配による浸透も行われていると考えられる。

(4)内部圧入工にて亜硝酸リチウムを添加した後のゲルをSEMにより観察した結果,リチウムイオン添加によるゲルの物理的形態上の変化は認められなかったが,EPMAとTOF-SIMSによる元素マッピングの結果内部圧入工によってゲルにリチウムイオンが到達していることが示された。これらにより,リチウムイオンはゲル内に浸入し,ゲルの物理的形態ではなく化学組成のみを変化させ,ゲルを非膨張性のものに変化させていると推察される。

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